ChatGPTをはじめとする大規模言語モデル(Large Language Models、LLM)の発展により、一気にAIが身近なものとなった現代社会。AIは人が担う仕事を肩代わりできるのではと期待されており、実際にそうなるよう、数多くの企業が研究を続けています。
しかし、そういう未来が訪れたらなにがビジネスの優劣を分けることになるのでしょうか?
イードの代表取締役である宮川洋さんにお話をうかがいました。
宮川 洋 Hiroshi Miyakawa
株式会社イード 代表取締役
1965年生まれ。1988年、中央大学文学部史学科西洋史専攻卒業。大学時代はテニスの体育会で練習に明け暮れ、卒業と同時に株式会社アスキー(現:KADOKAWA)に入社。PC関連誌刊行ラッシュのなか出版部門で12年間マーケティング責任者を務め、「今後、メディアとしてのインターネットの時代がやってくる」と確信。インターネットの世界に飛び込むべくインターネット総合研究所(IRI)に転職。2000年、株式会社イードの前身となる株式会社アイ・アール・アイ コマースアンドテクノロジー(IRI-CT)創業。
◆20代のうちに経験を積み、1万人に1人の存在になってほしい
――イードは2000年設立ですので、来年で設立25年をむかえます。これまでを振り返っていかがですか。
宮川:イードは「We are the user experience company」というビジョンを掲げてここまでやってこられました。これは直訳すると「顧客体験を大切に」となりますが、実はそれだけではなく、クライアントを始めとするステークホルダーはもちろん、社員1人1人の心のUX(User Experience)も大切にするという意味が込められています。
私がこの会社(正確にはイードの前身となる株式会社アイ・アール・アイ コマースアンドテクノロジー)を作ろうと思い立ったときは、働く人たちにとっても一番いい形の職場――各人にとっての理想郷のような場所にしようと決めていました。
「お客さんのために」と考えるのはもちろん素晴らしいことですが、イードの場合は「そのためにも、まずは自分が楽しんでいますか」と問いかけるのを忘れないようにしていきたいですね。社員が自分の好きな領域をめいっぱい楽しみながら事業に取り組める会社。それがイードです。
――会社を従業員の「理想郷」にしたいと考える理由を教えてください。
宮川:大企業だと「社員1人1人が好きなことをやって」とはいかないかもしれませんが、そういう形にした方がみんな生き生きできますよね。現場のモチベーションが効率性を超えると確信しており、これがひとつ理由になっています。
また、「仕事は仕事」と割り切ってもきちんと稼げるスキルは身につきますし、そうしている人も大勢いるでしょう。しかし、長い目で見ると稼げるスキルはコモディティ化していきます。いつか、それが強みにならなくなる時期がきます。
そんなときに物をいうのは、自分が好きだと思える領域でどれだけ唯一無二のポジションを確立した経験を持っているかです。20代のうちにその経験を少しでも多く積んでほしい。これが二つ目の理由です。
イードは多種多様なメディアを展開しています。さまざまなジャンルに触れるうちに、自分が担当、または編集長となれる分野が見つかるかもしれません。編集長として結果を出せる人が100人に1人くらいの割合だとすると、2ジャンルでそれを達成すれば1万人に1人、3ジャンルで達成できれば、もう100万人に1人といえる存在です。ぜひ、そういう人物になっていってほしいなと思います。
◆情報過多時代におけるメディアの生存戦略とは
――インターネットが普及したことで、情報メディアはかつてほどの存在感を失いました。そんななかでイードが利益を上げ続けている秘訣はなんでしょうか。
宮川:たしかに、さまざまなテクノロジーの発展で今日は情報が蔓延していています。個人も容易に情報発信できるので、企業運営の情報メディアは必要ないという声もあるでしょう。メディアはどこもビジネスモデルの確立に苦しんでいるのが現状で、そういう意味ではイードも常にその競争の中に身を置いています。
イードの稼ぎ頭のひとつに、2002年に取得した総合自動車ニュースサイトの「オートアスキー」(現「レスポンス」)で、20年以上利益を上げ続けています。これはもう、情報社会の今日において一定のポジションを獲得しているといえるでしょう。
そして、レスポンスを中心にメディアを適正なコストで運営できる仕組みをきちんと確立したからこそ、ゲーム総合メディアの「インサイド」や、アニメメディアの「アニメ!アニメ!」、教育メディアの「リセマム」など、ビジネスを横展開・そして多方面に展開できています。
◆AIが知的労働を担うようになったとき、人は何をすべきか
――テクノロジーの進化といえば、近年発展が目覚ましいAIもそのひとつです。
宮川:かつて、ビジネスマンのフレームワークのひとつとして整理術、ファイリングと呼ばれるようなものが流行りました。重要だと思ったこと、忘れてはならないことはきちんと整理・ファイリングしておく。それをあとで見返すことで思い出し、新たなアイディアにもつなげる……そういうメソッドです。
しかし、これからはそういう行為はすべてAIが代替していくことになります。インターネットの通信速度はISDN、ADSL、光ケーブル…と長い年月をかけて少しずつ速くなっていきましたが、AIが進化する速さはその比ではありません。昨日よりも今日、今日よりも明日の方が優れている。そういう世界です。
――そのような時代において、今後はどのようなビジネスマンが必要とされるのでしょうか。
宮川:単純な知的労働は、今後ますますAIが担うことになっていくでしょう。今後はいかに知的労働ができるかではなく、知的労働を担うAIに対して、いかに適切なポジションを取れるかが重要になります。
言い換えるなら「AIをいかに使いこなせるか」ではなく「AIを使いこなせる「人」をどのように取りまとめていくか」、が重要になり求められます。私はこれを「人間力」と呼んでいます。
話が変わるようですが、今AIの力が特に目覚ましいのは教育の分野です。
たとえば将棋。プロ棋士の養成機関である奨励会を見ていると、近年は地方から力のある人たちが大勢出てきています。それで、地方でどうやって力を付けてきたのかというと、日々AIと対戦して、学んでいるというわけですよ。
もちろん、AIだけではなくYoutubeの影響などもあるでしょう。しかし、そう遠くないうちに学校教育という面でもAIの方が教師よりも上手に学生を教えられる可能性が広がると感じています。
――実際にそうなったら、教師には何が求められるのでしょうか?
宮川:それもまた「人間力」です。もし「両親が喧嘩していて家に帰りづらい」という学生の子がいたら、相談に乗って安心させてあげられるのは人間の役目です。それはAIには難しい。
――「人間力」は、どのようにすれば身につくものなのでしょうか。
宮川:さまざまな業種の人と出会い、経験を積んでいくことでしか身につきません。その点、イードは多種多様なメディアを展開しているので、20代のうちから人間力を養える環境が整っています。メディア関連の人間は、様々な人に出会える機会が多いという類まれなポジションにありますからね。
若いうちから人と会って人間力を磨き、開花してもらいたい。AIが発展した世界で、どこの企業に行っても通用する力を身につけてほしい。そのうえで、イードが好きだからこれからもイードで働きたいと思ってもらえたら嬉しい。これが私の理想です。
◆どんなアイディアも否定しない「ビジネスの梁山泊」に
――宮川さんは「100年企業」という言葉を掲げています。この言葉には、どのような思いが込められているのでしょうか。
宮川:企業というものは、20年間存続するだけでもすでに全体の数パーセントでしかありません。(ベンチャー企業の20年後の生存率0.3%)そんななかで100年続けられたら、その企業は社会にとって必要とされていると言って差し支えないし、もはやひとつの歴史ですらあるわけです。イードをそういった存在にしたい、という思いからの言葉です。
明治~大正時代の実業家である金子直吉は、「三井・三菱を圧倒するか、しからざるも彼らと並んで天下を三分するか」と宣言して、鈴木商店を三井・三菱という今も知られる企業をしのぐ国内最大の商社にしました。
そこからは20年足らずで破綻・事業停止となってしまいましたが、鈴木商店の子会社だったグループ各社、神戸製鋼所、帝人、日商(現;双日)等日本を代表する会社となり、鈴木商店の息吹は、今も生きているわけです。
鈴木商店はさぞかし、血気盛んでアイディアの塊とも言えるような人たちが集まった「ビジネスの梁山泊」のような場所だったのでしょうね(梁山泊は中国四大奇書「水滸伝」に端を発する、優れた人物が集う場所の例え)。
私はイードをそういう会社にしたいと思っていますし、そのうえで鈴木商店のように短命に終わることなく、社会変化にしっかり適応することで50年、100年と続く会社にするつもりです。
――最後に、イードの強みをあらためて教えてください。
宮川:イードの強みは多様性・柔軟性です。木材加工会社に入って「これからはアニメの時代です」と言ってもそれはできないという話になると思いますが、イードで木材加工をやりたいと言ったら「面白いね!どうやっていこうか、やってみてもいいんじゃない?」となります。
そういう多様性・柔軟性が常に担保されているのがイードです。やってはいけないことを敢えて定めていないところが、いろいろな人を引き寄せる。それによって縁が紡がれ、さまざまなメディアが掛け合わさり、100万人に1人の人材になれるかもしれない。
イードは、そういう引力を持った会社であると自負しています。